日本の鉄道 鉄道 私鉄(東) 記録 2010/8シンガポール・マレーシア

5,流鉄流山線:2010/8/13【2010/8シンガポール・マレーシア】

投稿日:2019年6月22日

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2010/8/13:JR常磐線:普通:松戸→新松戸

次に流鉄に乗る。常磐緩行線に乗り換えて新松戸まで行く。

11時16分発の我孫子行きの電車は、国鉄203系であった。この車両に乗るのは久しぶりである。203系は登場から既に30年近く経っており、E233系の運行開始により今後急速に数を減らしていくことが予想されている。

新松戸には11時22分に到着した。改札に向かおうとするが、きちんと表示を見ていなかったので、武蔵野線のホームを経由して改札を出ることになった。

 

2010/8/13:流鉄流山線:普通:幸谷→流山

流鉄流山線は、馬橋と流山の5.7kmを走るごく短い路線であるが、歴史は古く1916年開業である。今は流鉄という会社の路線であるが、かつては総武流山鉄道という社名であった。

新松戸駅の改札を出て、表示に従って流鉄幸谷駅へ向かう。駅を出て真っ直ぐ歩き、信号を渡り、ロッテリアの右側の道を進み、踏切を渡って右側に曲がると流鉄の幸谷駅がある。新松戸駅からは徒歩3分程である。幸谷駅は、マンションの1階部分に作られていた。

自動券売機で流山までの切符を買う。160円也。

幸谷駅ホーム。

11時38分発の流山行きに乗車する。車両は青い車体の2000系2両編成、「青空」号であった。西武鉄道から移籍した車両で、車内はロングシート。ワンマン運転であった。

幸谷を出ると、雑居ビルや住宅街の中を走り、小金城趾に着く。ここで、馬橋行きの列車と列車交換をする。

列車は、住宅やマンションの合間を進む。それでも、緑も多く、また2両編成のワンマンカー、単線という環境から、東京近郊でありながら、ローカル線気分を味わうことができる。

終点の流山には11時47分に到着した。あっけないほど短い路線であった。

流山駅駅名標。

流山駅の駅舎には、田舎の終着駅と同じような風情がある。駅からは流鉄の車庫が見える。小規模な車庫で、黄色、オレンジ色、黄緑色の編成が停車している。

駅には自動改札はない。

流山駅駅舎。

流鉄は「房総の魅力500選」に選ばれている。

 

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2010/8/13:流鉄流山線:普通:流山→馬橋

自動券売機で、JR常磐線金町までの乗車券を購入する。

折り返し、11時55分発の馬橋行きに乗車する。

運転手が来る前に運転席を撮影した。

帰りは一番前の座席に座り、前面展望を楽しむ。

流山を出る時点では客は少なかったが、各駅で少しずつ客を増やす。地元密着の路線といった雰囲気がある。2両編成の座席がかなり埋まる程度の乗車率であった。その大半が、幸谷で降りていく。幸谷から馬橋の間で、時速56㎞に達したが、この速度が最高だったと思う。常磐線と合流し、12時06分に馬橋に到着した。

馬橋駅の階段の前で、駅員が切符を回収している。JR線との連絡乗車券を持っているので、切符を見せてJRの改札口へ向かう。

 

2010/8/13:JR常磐線:普通:馬橋→金町

そろそろ成田空港に戻ろうと思う。馬橋を12時08分に出る常磐線代々木上原行きに乗車する。203系であった。向かいのホームの我孫子行きも203系である。この日はよく203系を目にする日であった。金町まで乗車した。

 

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