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浅岸駅(岩手県・JR山田線):2006/8/24

投稿日:2019年5月26日

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2006年8月24日木曜日。

高校2年生の時であった。浅岸駅に行ってみることにした。岩手県盛岡市新庄字中津川にある山田線の駅である

「浅岸」という地名は盛岡市民には馴染みがある地名であるが、一般に盛岡市民が言うところの「浅岸」とは、山田線山岸駅から中津川を挟んで向こう側にある住宅街である。盛岡駅から加賀野を通り水道橋に行く岩手県交通のバスの路線名が「浅岸線」であり、平日は1日20本以上走っているが、このバスは、盛岡駅からその住宅街へと向かうバスである。

一方、浅岸駅は、そういった住宅街とは全く異なるところにある。当時、この駅に停車する列車は、盛岡方面が3本、宮古方面が2本だったはずである。

 

2006/8/24:JR山田線:普通:上盛岡→浅岸

高校の終了後、上盛岡駅へ向かう。

16時34分発の山田線普通宮古行きに乗車する。キハ52形1両編成であった。この車両が走っている区間は既に数少なく、山田線はその貴重な一線であった。

沿線の山岸、上米内は住宅街であるため、車内は学校帰りの高校生で混んでいる。既に空席はない。

盛岡市内を走り、山岸を過ぎると車掌が検札に回る。上盛岡も山岸も無人駅であるから、車掌から切符を買う客は多い。その車掌から浅岸までの切符を買う。値段は480円也。

上米内では、高校生のほとんどが降りる。ここから乗ってくる客はいなかった。いよいよ峠越えに入る。

細くなっていく中津川に沿って、列車は峠を進んでいく。どちらの窓を見ても、草木の緑色が広がっている。上米内を出発して約10分、大志田を通過する。勾配の途中にある大志田駅は、昔はスイッチバックの駅として、山田線の重要な拠点であった。だが、現在はJR東日本盛岡支社の保線区の事務所はあるものの、寂しい無人駅である。停車する列車は、上り1本、下り2本のみである。見た限り、周りには人家がほとんどない。

さらにしばらく進むと、17時04分、盛岡発の本日最初の列車が浅岸に着く。ドアを手で開けて列車を降りる。ここで降りたのは、私1人だけであった。

浅岸駅駅名標。

ホーム。板張りというのだろうか。

出口寄りには小さな待合室があった。

駅の待合室のガラスには、「最近、ホーム付近で『熊』を見かけたという情報がありました。駅をご利用の際は、ご注意ください。盛岡駅長」と書かれた紙が貼ってあった。『熊』のところだけが赤色で書かれ、強調されている。もし私が熊に出会い、その熊が私に向かって突進してきたら、とりあえずこの待合室に逃げるしかない。

待合室を開けると、熱気でムッとした空気が鼻をついた。室内のベンチにはノートが数冊置いてあり、パラパラとめくってみると、訪問記念のサインやコメントが書かれていた。

少し離れたところから見た浅岸駅。

この駅は、昔はスイッチバックの駅で、山田線の重要な駅の一つであった。しかし、今となっては、寂しい無人駅である。

荷物を盗むような人はいないと思い、待合室の中に荷物を置いて、駅の周りを歩いてみる。駅に通じる道は砂利道であった。その砂利道をしばらく歩くと、一本の細い舗装道路につながった。

この舗装道路は車1.5台分くらいのスペースしかないのだが、案外交通量が多い。車にしても、人が歩いているとは思わないからか、かなりのスピードを出している。注意しなくてはならない。

砂利道と舗装道路が交差するところに、「近郊自然歩道 大志田・中津川コース」の看板があり、イラスト付きで経路図が表示されていた。大志田から浅岸に至るコースで、徒歩5時間とのことである。このコースが作られた時は列車の本数が多かったのだろうが、現在ではただ非現実的なコースである。

舗装道路を大志田方へ少し行くと、右側に2軒の民家が見える。すでに廃墟と化しているようで、手入れはなされていない。

さらに進むと、1957年から1973年まで中津川小学校として使われていた、白壁で赤屋根の小洒落た建物がある。小学校としての機能を終えてからすでに四半世紀以上の年月が経過していて、かなり傷も見受けられる。だが、使おうと思えば現在でも使えそうであり、実際に使われているのかもしれない。ひどく荒れているという様子ではなかった。

風景。

再び駅に戻る。17時24分発の盛岡行きに乗り遅れたら、最終の20時17分まで列車がない。

ホームから見た中津川小学校。

 

2006/8/24:JR山田線:普通:浅岸→上盛岡

列車を待っているのは私だけであった。

17時24分発の盛岡行きは、定刻に入線してきた。ホッとする。

車両はキハ52形1両であった。

ドアを手で開けて乗車し、座席に座る。列車が発車すると、すぐに車掌が切符を売りに来た。

大志田を通過し、上米内まで来ると、民家も見え始める。山岸まで来れば、十分都会である。上盛岡には17時53分に到着した。

 

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2006年9月8日金曜日。

もう一度浅岸駅に行った。当時はこれでも高校で写真部に加入していたのであるが、写真展に出展する写真を撮る必要があり、浅岸駅で写真を撮ることはできないかと考えたのである。

2006/9/8:JR山田線:普通:上盛岡→浅岸

上盛岡から前回と同じ列車に乗った。車掌から切符を買ったので、車掌が、浅岸に着く前に切符を回収しに来た。その時、車掌は「家に帰るの?」か「次で帰るの?」というようなことを聞いたと思う。キハ52形は走行音がうるさいので、どちらの言葉を発したのかは聞き取れず、中途半端な返事をしてしまった。写真機をいじっていたとはいえ、端から見れば普通の高校生の下校時の姿であるから、心配になったのかも知れない。

列車を降りたのは、前回同様私1人だけであった。

 

2006/9/8:JR山田線:普通:浅岸→上盛岡

写真を撮影した後、17時24分発の盛岡行きで盛岡に戻る。ここから乗車したのも私だけであった。

 

なお、浅岸駅は、隣の大志田駅と共に、2016年3月26日に廃止となった。

 

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