名松線は、松阪と伊勢奥津の43.5kmを結ぶ路線である。名松線の「名」は名張、「松」は松阪を指し、もともとは松阪と名張を結ぶ路線として計画されていたが、1935年に松阪~伊勢奥津間が開業した後に延伸されることはなく、現在に至る。なお、松阪~名張間は、近畿日本鉄道の前身の参宮急行電鉄が、名松線が伊勢奥津まで開通する5年前の1930年に、伊勢中川経由で開業させている。
2022/8/27:JR名松線:普通:松阪→伊勢奥津
亀山を8時23分に出発した紀勢本線の普通列車は、松阪駅の4番線に9時23分に到着した。名松線は2時間に1本の運行であり、次の列車は9時38分発の伊勢奥津行きである。列車は、既に向かい側5番線に停車していた。
名松線の列車は、基本的にキハ11形300番台で運行される。今回乗車した車両は1999年に製造されたキハ11-305であった。
車内はセミクロスシートである。(後ほど撮影)
車内中程はボックスシートである。
ドア付近はロングシートである。
ドア付近。
ボックス部分は既にすべて1、2人ずつ座っており、私はロングシートの部分に座った。
列車は、定刻9時38分に松阪を出発した。
先ほど関西本線で来た道を少し戻った後、関西本線から分岐する。早速あたりは田園風景となるが、途中の一志辺りまでは住宅が続くところもある。
一志より先は住宅も少なくなり、ローカル線の雰囲気となる。両側が開けている箇所も多く、開放的である。
名松線は、雲出川に沿って進む。
家城には10時15分に到着した。沿線で唯一の交換可能駅である。
ここで、松阪行きの列車と交換した。
家城を10時28分に出発した。家城より先は勾配が続く区間となる。山と山の間を走り、ゆっくりとした速度で勾配を上っていく。家城までの開けた車窓とは対照的である。
伊勢八知駅付近にはスーパーやコンビニがあったが、その先はそういったものも見当たらない。
比津の手前であっただろうか、突然警笛が鳴り、列車が減速をする。その辺りを通過後、脇に鹿がいるのが見えた。直前横断でもあったのだろうか。
比津のあたりは急勾配であったが、比津駅も勾配中にあるのだろうか。列車が出発するときに少し後ろに戻ったような感覚があった。
終点の伊勢奥津到着前に、運転手は折り返し列車の時刻を案内した。私のような客が多いのだろう。
終点の伊勢奥津には11時02分に到着した。松阪から1時間半弱である。
伊勢奥津駅の駅名標。
伊勢奥津駅のすぐ先に行き止まりがある。
無人駅ではあるが、駅舎がある。
伊勢奥津発の列車は1日8本で、最終は18時58分である。
伊勢奥津駅駅舎。津市八幡出張所と建物を共有している。
伊勢奥津駅は建物の右端である。
伊勢奥津駅には津市コミュニティバスの停留所がある。いずれの経路も曜日限定運行である。かつては名張まで行く三重交通の路線バスがあったが、2021年3月末で廃止になったとのことである。
伊勢奥津駅の隣には観光案内所がある。ここでは、地元の名産品や弁当が売られていた。
あまごめし、にじマス甘露煮、あんぱん饅頭、ちゃちゃ最中を購入、1,060円であった。いずれもこのあたりで作られたものである。
購入金額が1,000円を越えたということで、クリアファイルもいただいた。何種類かあり、好きなものを1つ、というスタイルであった。
2022/8/27:JR名松線:普通:伊勢奥津→松阪
折り返し、11時30分発の松阪行きに乗車した。復路は往路よりも空いており、ボックス部分を確保した。やはり、往路で見た客も一定数いた。
伊勢奥津駅の横の観光案内所で購入した「あまごめし」を昼食にいただいた。「あまご」はこのあたりで捕れる川魚とのことである。
美味しい炊き込みご飯であった。
松阪行きの列車も、途中の家城で13分停車して、伊勢奥津行きと交換をした。伊勢奥津行きは混んでいるように見えた。
終点の松阪には12時54分に到着した。
【2022/8近畿】(目次)
3,名古屋から亀山を経て松阪へ:JR関西本線・紀勢本線:2022/8/27【2022/8近畿】
4,JR名松線:キハ11形300番台:2022/8/27【2022/8近畿】【←本記事】
5,松阪から鳥羽へ:JR参宮線:快速みえ9号:指定席:2022/8/27【2022/8近畿】
【キハ11形の乗車記録】
3,東海交通事業城北線:2019/10/26【2019/10東海】
【JR東海の路線の乗車記録】
16,JR飯田線:2022/3/26【2022/3東日本・東海】
12,JR御殿場線:2022/3/25【2022/3東日本・東海】
6,JR身延線:2022/3/12【2022/3東日本・東海】