鉄道 記録 台湾の鉄道 2010/3台湾

13,台北から彰化へ:自強1121次(EMU100型):2010/3/7【2010/3台湾】

投稿日:2019年6月16日

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2010年3月7日日曜日。この日は、EMU100型の自強号と集集線に乗車した後、高雄へ向かう。

自強号とは、台湾鉄路管理局が運行する列車の最速達列車の種別である。自強号の下に、莒光号、復興号が続く。以上の3つが座席指定列車である。座席指定のいらない、日本で言うところの快速列車ならびに普通列車は「区間快車」、「区間車」、「普快車」である。「区間車」と「普快車」の厳密な区別はいまいち分からぬが、区間車は冷房車、普快車は非冷房車、あるいは古い車両などと考えておけば外れてはいないだろう。「普快車」の種別は、現在では花蓮~枋寮間の普通列車にのみ用いられている。今回の旅行では、このすべての種別に乗ることになる。

朝食を食べて、7時30分にホテルをチェックアウトする。

 

2010/3/7:台北捷運淡水線:民権西路→台北車站

淡水線で台北車站に向かう。

 

2010/3/7:自強1121次:台北→彰化:EMU100型

今回の旅行の目玉の一つが、EMU100型で運転される自強号であった。EMU100型は、1978年に運転を開始したイギリス製の車両で、初期の自強号を支えた編成である。その詳細はWikipedia等に任せるとするが、2009年6月16日に定期運用から離脱されたとの情報が入っていた。しかし、その後復活したようで、2010年3月現在では日曜日限定の運用が残っており、台北駅で購入できる時刻表にも、自強1121次(七堵→彰化)と自強1120次(田中→七堵)は「EMU100」での運転と書かれている。

当初は始発駅から乗ろうと思い、乗車券を七堵から買っていたが、結局台北から乗車することにした。

8時28分、自強1121次彰化行きが10両編成で入線してきた。時刻表通り、EMU100型である。スピードを出しそうには思えない無骨な顔である。

ドアは手動で、一番最初に乗る人は手でドアを開ける。台北から乗る人は多い。この中の何人がEMU100型狙いなのかは分からないし、ただ単に、台中方面に行くのにちょうど良い時間に走っているからという理由で乗っている客も多かったであろう。少なくとも、ホームで列車の外観を眺めたり、車内に入ってからも写真を撮ったりしているのは私だけであった。

行き先表示。

客が乗り終える前に発車ベルが鳴り出した。私は3号車の指定席券を持っている。列の一番最後に並び、乗車する。私の後に乗ろうとする客はいない。こうなると、私がドアを閉めるべきなのだろうか。そう思って、ドアを閉める。

手動の折り戸。

デッキから客室に至るドアも、ノブを回して押して開くという、列車にしては珍しい内開きのドアであった。車内の雰囲気が渋い。両端の壁は茶色で、木目調である。通路の絨毯は青、座席の柄は、青に白のドットが入った模様である。座席自体は、昔の日本の特急列車の重厚なグリーン車を彷彿させる。各座席には大型のフットレストが備わっている。写真は後ほど撮影したものである。

乗車率は70%程度だろうか。私の横にも客が来た。

列車は台北駅をゆっくりと出発する。吊りかけ駆動の車両にしては、車内は驚くほど静かである。丁寧に作り上げられた車両なのだろう。

板橋を出ると地上に出る。列車は、住宅街の中を走っているといった感じである。少なくとも、線路に沿って古めかしい住宅がある。一方で、沿線には、超高層マンションが幾件も建っているのが見える。整然と乱雑が入り交じったような光景である。

桃園では、台北を先発した区間車の新竹行きがこの列車の待避のために停車している。この頃に、車掌が検札に来る。

楊梅付近まで来ると、さすがに住宅街やビル街も落ち着いてくる。町の規模が小さくなり、のどかな雰囲気となる。ただ、車窓から人口の建造物が見えなくなることはなく、たえず住宅や広場の類が見える。

新竹に近づくにつれて、再び高層ビルなどの建造物が増えてきた。長い鉄橋を渡って新竹に至る。見わたす限り遠くまで街が続いている。新竹には9時34分に到着した。順調に飛ばしてきたかのように見えたが、4分遅れでの到着である。

竹南から山線に入る。車内を歩いてみる。5号車の運転室よりの客室に、車掌とゴミ回収員が座って、談笑している。運転台を覗いていると、車掌が話しかけてくるが、例の如く分からない。手帳を持っていなかったので筆談ができず、英語で話しかけたが、あちらは英語が分からないようで、お互いに笑ってごまかすことになる。ちなみに、この時、速度計を見ると、時速100kmで走行していた。デッキに立ってみると、確かにつりかけ式特有と思われる走行音はするが、そこまでうるさいとは感じない。

トイレは洋式であった。改造されたのかも知れない。

台中には6分遅れで10時38分に到着する。ここでほとんどの客が降りる。

高鐵との乗換駅である新鳥日を通過し、成功を通過し、海線と再び合流すると、まもなく彰化である。7分遅れの10時49分に到着した。

列車は3分ほどの停車の後、ドアを開けたまま車庫へと出発した。その時、初めて1~5号車と6~10号車の塗装が違うことに気が付いた。復刻塗装と標準塗装だろうか。とりあえず、EMU100型自強号に乗れて満足である。

出場専用の改札から駅の外に出る。台湾では、改札口が出場と入場とで別れている例も多い。

 

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