名古屋を8時43分に出発した高山本線経由の特急ひだ3号は、終点の富山に12時31分に到着した。富山に最後に来たのは2009年、北陸新幹線が開業する前であり、そのときはホームがまだ地上にあった。現在は在来線のホームも高架となっている。
地上階の改札口を出ると、すぐ目の前に路面電車のホームがあった。外に出る必要もない。
富山駅停留場。
富山駅北口。
2009年に富山ライトレール富山港線で岩瀬浜へ向かった際は、富山駅北という停留場から乗車した。富山ライトレールは2020年に富山地方鉄道に吸収合併され、同年3月に富山地方鉄道の富山市内軌道線と接続して直通運転をするようになった。停留所も先ほどの富山駅停留場に統合され、富山駅北停留所は廃止となった。
【→富山ライトレール時代の富山港線の乗車記録はこちら】
富山駅南口。南口にはバスターミナルもある。
2022/10/22:富山地方鉄道:14系統:布目経由新港東口線:富山駅→新港東口
さて、本日はこれから金沢を目指すが、その前に高岡の路面電車「万葉線」に乗車することにしていた。万葉線は高岡駅と越ノ潟を結ぶ路線であるが、一方の起点駅である越ノ潟駅へは、富山駅からバスと渡船を乗り継いで向かうことができる。その経路で越ノ潟へ向かうことにした。
富山駅南口の3番乗り場から、13時10分発の新港東口行きのバスに乗車した。富山駅と新港東口を結ぶ富山地方鉄道のバスは、平日は1日10本、土休日は1日9本ある。運行間隔は統一されていないが、今回はちょうど良い時間にバスがあった。
側面の方向幕。
富山大学のあたりまでは路面電車と併走して街中を走ったが、その後は、進むにつれて田園風景が見られるようになった。
大きなバスではないこともあり、途中まではほとんどの座席が埋まる乗車率であったが、終点に近づくにつれて客は減った。終点まで乗車したのは私だけであった。
終点の新港東口には14時前に到着した。運賃は820円であった。バスは、折返し富山駅行きとなって出発していった。
新港東口停留所。
2022/10/22:富山県営渡船:堀岡発着場→越ノ潟発着場
富山県営渡船は、富山新港の建設に伴い分断された道路や富山地方鉄道射水線の代替交通手段として、1967年11月に運航を開始した。堀岡発着場と越ノ潟発着場の770mを5分ほどで運航、運賃は無料である。越ノ潟フェリーとも呼ばれている。
富山駅からのバスを新港東口で降りると、そこが富山県営渡船の堀岡発着場である。ここから富山県営渡船で対岸の越ノ潟へ渡ると、万葉線の越ノ潟駅である。
渡船は6時台から20時台までの運航である。7時、17時、18時台は15分間隔、昼間は30分間隔である。
かつては24時間運行だったらしいが、現在は、深夜時間帯のみ車での代行輸送となっている。それでも30分間隔で便が設定されている。なお、23時30分から5時30分までの便は、予約がある場合のみの運行とのことである。
渡船は、「海竜」と「こしのかた」の2隻で運行しているらしい。
乗船の注意事項が掲示されていた。日本語の次がロシア語である。かつて、伏木港からウラジオストクへフェリーが運航されていたし、富山空港からウラジオストク空港への直行便も運行されていたと記憶している。
渡船に乗ることができるのは歩行者と自転車、原動機付き自転車である。車はというと、すぐ横に新湊大橋があり、こちらを渡る。
この新湊大橋にも歩行者用の通路があるらしく、徒歩で渡ることもできる。
富山新港。
次の便は14時14分である。渡船は、出発2分前に越ノ潟から到着した。この便は1988年製造の「海竜」による運航であった。
1階部分は自転車を乗せるところのようで、2階へ誘導された。
2階にはベンチが並んでいた。
14時14分に堀岡発着場を出航した。客は私のほかに2人であった。
進行方向右手には新湊大橋が見える。
越ノ潟発着場には5分ほどで到着した。こちらには、もう1隻の渡船「こしのかた」が停泊していた。
越ノ潟発着場にて。
越ノ潟発着場。
県営渡船の越ノ潟発着場のすぐ目の前が、万葉線の越ノ潟停留所である。
万葉線との接続は良く、14時20分頃に越ノ潟に到着して、14時22分発の高岡駅行きに乗ることができた。急ぐ必要はなく、写真を撮っていても十分に余裕があった。
【2022/10北陸】(目次)
4,名古屋から富山へ:JR高山本線:特急ひだ3号:グリーン車:キハ85系:2022/10/21【2022/10北陸】
5,富山駅から越ノ潟へ:富山地方鉄道「14系統」:富山県営渡船(越ノ潟フェリー):2022/10/22【2022/10北陸】【←本記事】
【富山地方鉄道の乗車記録】
2,仙台から富山へ:富山地方鉄道「仙台・富山線」:2009/10/2【2009/10西日本】