街めぐり 記録 ドイツの街めぐり 2012/2ドイツ

27,オラニエンブルク:ザクセンハウゼン強制収容所・博物館:2012/2/28【2012/2ドイツ】

投稿日:2019年7月22日

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オラニエンブルク駅からザクセンハウゼン強制収容所まではバスが出ているという、804系統に乗ればよいらしいが、1時間に1本しかなく、11時15分の次は12時15分であった。歩いていくことにする。幸い、道案内が親切だったので、道に迷わず歩くことができる。だいたい20分程度で着く。

ザクセンハウゼン強制収容所・博物館(Gedenkstätte und Museum Sachsenhausen)の元となるザクセンハウゼン強制収容所は、1936年に建てられ、1945年までユダヤ人を収容してきた。10万人以上のユダヤ人が犠牲になったという。

インフォメーションでガイドマップを買い、音声ガイドを借りる。2つ合わせて3ユーロ。音声ガイドは残念ながら日本語はなく、英語のものを借りた。

有名な"ARBEIT MACHTERE(労働は自由をもたらす)"の文字が書かれた扉のある門をくぐり、中へと入る。

一部のバラックが復元されている。中は博物館として近代的な感じで整備されている。その当時の様子を再現した部分は僅かであったが、それでもいくつかの場所は当時の様子に復元されていた。例えば、収容者が主に生活していた場所と思われる二段ベッドの収容スペースであるが、写真で見たとおり、暗く、ベッドが隙間なくびっちりと並んでいた。プライバシーなどというのはかけらもなく、また感染性の病気などは一気に流行してしまいそうな、劣悪な環境であることは容易に想像できる。風呂場やトイレなどもとても落ち着いた環境ではなく、衛生的にも難があるものであった。また、収容者数には到底見合う数が用意されていなかったことも一目で分かった。ユダヤ人収容所というのは、ある意味において工場である。人をいかに効率よく労働に駆り立てられるか、そして、いかに効率よく大勢を殺すことができるか、そのようなところに主眼がおかれていたのだろう。

借りた音声ガイドだが、非常に説明が丁寧である。一方で各場所についての説明が非常に長く、すべて聞いていると多大な時間がかかり、聞いているこちらが疲れてしまうようなものであった。これを借りている観光客も多かったが、見た感じ、最初の方はみんな聞いていても、後に進むにつれて音声ガイドを聞く人は少なくなっていった。

さらに、この日は非常に風が強く、本当に寒かった。

色々と見て回ったが、特に印象に残ったのは生体実験室であった。なんというか、殺風景の室内であった。器具や薬品等は何もおかれておらず、当時の面影はほとんど残っていないはずなのだが、長い時間滞留したいと思う場所ではなかった。ここで作業していた人たちはどんな人だったのだろうか。戦争は人を狂わすと言うが、さもありなんという感じである。

2時間以上かけて見て回り、すべての展示を見たわけではないが、お腹も空いていたし、寒かったので、ここで切り上げることにする。ドイツ語を学び、ドイツの歴史をもう少し勉強したら、再訪しようと思う。

 

2012/2/28:バス:804:Gedenkstätte → Oranienburg

強制収容所を2時間近くかけて見学をした後、帰りはバスでオラニエンブルク駅まで戻った。

14時11分発のバスは連接バスで、この強制収容所・博物館の客で満員であった。5分程度で駅に着いた。

 

【2012/2ドイツ】(目次

26,ベルリンからオラニエンブルクへ:Sバーン S1:2012/2/28【2012/2ドイツ】

27,オラニエンブルク:ザクセンハウゼン強制収容所・博物館:2012/2/28【2012/2ドイツ】【←本記事】

28,オラニエンブルクからベルリンへ:RE5 4361:2012/2/28【2012/2ドイツ】

 

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