日本の鉄道 JR北海道 鉄道 記録 2006/7北海道

5,函館から東室蘭へ:JR函館本線・室蘭本線:2006/7/29【2006/7北海道】

投稿日:2019年5月26日

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2006/7/29:JR函館本線:普通:函館→森

函館駅の1階で駅弁を買い、17時発の函館本線普通森行きに乗車する。この列車は、七飯~大沼間は渡島大野・仁山を通る線を走り、大沼~森間は渡島砂原を通る砂原支線を通る。いわば遠回りの列車である。2両編成の車内は、高校生や、大きな荷物を持った買い物帰りと見られる家族がそこそこ乗っていたが、それでも空席の方が多く、ワンボックスを占領できた。

列車は定刻に函館を出発した。しかし、2分程度走ったところで突然強いブレーキが掛かり停車する。そのまま10分程度停車する。運転手から「踏切支障のため緊急停車しました」との放送が入った。さらに数分停車する。ワンマン運転のため、処理を運転手1人だけでやっていたのであろう。

五稜郭より先の函館本線は、初めて乗る区間である。七飯付近までは住宅街も多く、函館の通勤圏といった感じである。七飯を過ぎると、進行方向右側に高架線が別れていく。後に新幹線の新函館駅となった渡島大野駅は、当時はまだ田舎の小駅といった感じで、降りる人は少なかった。勾配を上り、仁山に着く。駅の手前には、往年使われていたスイッチバック線がまだ残っていた。

進行方向左側の小沼の向こう側に山が見える。駒ヶ岳であろう。ここは既に大沼国定公園の中らしい。

大沼を出ると、渡島砂原経由の線へ進む。流山温泉駅には、東北新幹線の200系が3両置かれてある。中1両はグリーン車のようである。

ホームの長さが1両分しかない渡島沼尻駅を過ぎると、2両目は私1人だけになる。もともと、JR北海道はワンマン運転が多く、無人駅では1両目の運転席のすぐ後ろのドアしか開けないため、2両目は空いていることが多い。ただ、1両目も5人程度しか乗っていなかった。

進行方向右側に、いつの間にか内浦湾が見えている。左側には駒ヶ岳や牧場が見える。ちょうど日が沈み始める時間であるから、周りの風景がオレンジ色に耀いて見える。

次第に家々が集まり始め、左側から大沼公園経由の路線が合流し、森に着く。途中駅での停車時間を削ったため、遅れは1分にまで解消していた。

ホームに降り立つと磯の香りがする。駅名は「森」であるが、すぐ右側は内浦湾であり、左側を見ても森は見えない。森駅といえば「いかめし」で有名だが、時間が遅いせいか、ホームでは売られていなかった。跨線橋を通ってホームを移動するとまもなく、18時49分発長万部行きが到着した。

 

2006/7/29:JR函館本線:普通:森→長万部

長万部行きの列車は、函館を17時27分に出発した列車である。この列車は渡島大野・仁山を通らない藤城支線を経由し、さらに大沼~森間は特急列車と同じ大沼公園を経由する線を通ってきた。そのため、私が乗ってきた列車より30分ほど遅く函館を出たにもかかわらず、森の到着はほぼ同時刻となる。

2両編成だったので、2両目に乗る。車内の扇風機のマークが未だに国鉄であった。

出発時間になったが、「先行するはずの貨物列車が遅れていますので5分程度遅れる見込みです」との放送が入る。だが5分たっても貨物列車は来ない。結局19時頃に貨物列車が通っていき、14分遅れの19時03分に森を出発した。乗客は2両合わせて10人も乗っていない。

函館で買った駅弁「かに寿し」を食べる。

空がだんだんと藍色へと変わってゆく。列車は内浦湾に沿って走っているので、時折海も見えるが、外に明かりがない区間では、どこまでが陸でどこからが海なのか分からない。時折、列車は無人駅に停車するが、殆どの駅で客が乗ってくることはなかった。列車は遅れていることもあり、停車時間を5秒程度にまで切りつめている。

八雲に近くなると、ガソリンスタンドやら住宅やらの灯りが眩しくなる。その時、上野行きの寝台特急カシオペアがすれ違った。お互いにゆったりとしたスピードなので、明るく華やいだ雰囲気の食堂車で食事をしている人や、サロンカーでくつろいでいる人が見えた。

八雲を出ると、また元の暗闇に戻る。長万部の一つ手前の中ノ沢駅で、寝台特急北斗星2号とすれ違う。ちょうど食事時間帯のようで、食堂車でくつろいでいる人の様子がうかがえる。

20時17分、長万部駅の4番線に9分遅れで到着した。

 

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2006/7/29:JR室蘭本線:普通:長万部→東室蘭

長万部で20時24分発の室蘭本線普通苫小牧行きに乗り換える。乗り換え案内板を見ると、苫小牧行きは4番線からの発車となっている。一方で、その後20時32分に出発する函館本線森行きも4番線からの出発となっている。今乗ってきた2両編成の列車を切り離して苫小牧行きと森行きにするのかと思い、この列車が苫小牧行きになるのかと運転手に聞くと、「違います」と言われる。周りの苫小牧行きの客もうろうろしていたが、20時20分に1両の気動車が4番線の苫小牧方に入ってきた。その列車が苫小牧行きであった。

この列車はキハ40系ではない。ぱっと見て、釜石線や北上線をはじめ、JR東日本の非電化の多くの路線で走っているキハ100系の色違いに見えた。車内もキハ100系にそっくりである。デッキがなく、2人がけと4人がけのボックスシートが並んでいる。車内にある車両型番を見ると、キハ150と書かれていた。

本日の苫小牧行きの最終普通列車であるが、車内は空いていて、私は2人がけのボックスシートを占領した。新しい車両だからか、キハ40系に比べると、シートの座り心地は良かった。

出発前から、テープの音声が「この列車は小幌に停車しません」といった内容を繰り返し放送し、また出発前には運転手も放送を行った。小幌駅は、日本で一番の秘境駅といわれている駅である。

この列車は定刻に長万部を発車する。すぐに外は闇になり、街頭の光も見えるものの、様子は何も分からない。10分間走り続け、最初の停車駅の静狩に着くと、3人が降りた。乗ってくる客はいない。ここから次の礼文までの間に、件の小幌駅がある。他の列車の時刻から類推すると、約6分後、すなわち20時39分ころに小幌駅を通過するはずである。その時間になり、目を凝らして眺めていると、街灯と共に駅名表のようなものが見えた。確かに小幌駅だったと思う。周りには何もなさそうだったし、駅へ繋がる道もあったとしても真っ暗のようである。この列車が停車しないのは、駅に降りた後の安全が保証できないという理由もあるのかもしれないと、勝手に想像する。

洞爺湖の最寄りである洞爺に近くなると、街の灯りが見え始める。

伊達紋別では5分ほど停車し、後続の特急スーパー北斗21号札幌行きに道を譲る。その間に、寝台特急北斗星4号上野行きが隣のホームに入る。わずかな間だが、3つの列車が伊達紋別駅に並んだ。夜の寂しいホームが、なんとなく華やかになる。

21時27分に伊達紋別を出発する。再び闇の中を走るが、引き続き内浦湾に沿って走っているようである。

東室蘭には21時56分に到着した。東室蘭で何かイベントの類でもあったのだろうか、若者が大勢ホームで待っている。1両編成のこの列車に全員乗れるのであろうかと思う。この列車が本日の苫小牧行き最終列車であるから、全員がなんとしても乗らなければならないはずである。しかし、乗ったら最後、降りたい駅で降りられないかもしれない。そのような混み具合であった。

 

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