2011/4/23:Ekonomi AC:Bekasi→Jakarta Kota
ブカシに用事があってきたわけではなく、単に列車に乗りたくて来たのであるから、次に考えるのは帰りのことである。
窓口の表示によると、次のジャカルタ・コタ行きは15時28分発の"Ekonomi AC"である。"Ekonomi AC"はエアコン付き普通列車の意味であり、この系統にも"Ekspres"同様に日本の中古車両が使われている。これに乗車することにした。料金はRp4,500也。"Ekspres"の2分の1の値段である。

15時28分発の"Ekonomi AC"は、東京メトロから来た営団5000系であった。東西線で走っていた車両である。行先幕は「三鷹」となっていた。乗車すると、"Ekspres"よりは乗客数が多い。また、どことなく庶民的な雰囲気がある。

ドア上の路線図。

「ドアに注意」であろう。

乗車して発車を待っていると、横に女性が座る。見るからに身なりが良くない。そして、私に何かを言う。私がインドネシア語を解さないと分かると、向かいに座っている人に何か喋りかけている。話し口調からすると何かをねだっている様子である。向かいの人は、一言二言交わした後、無視を決め込む。
ブカシを定刻に出発する。
"Ekonomi AC"は普通列車であるから、停車駅は多い。列車は8両編成であるが、駅によっては8両分のホームがなく、そのような駅ではホームからはみ出して戸が開くことになる。この車両は4ドアであり、そのうち中央の2つのドアにはステップが設けられているが、申し訳程度のものなので、飛び降りるしかない。
途中踏切を跨いで5分くらい停車する。ただ、周りの客は何ら不思議な表情はしない。いつものことなのだろうか。

車内。電気はついていない。

検札が来る。隣の女性が、検札係に何か訴えている。切符も金も持っていないようである。列車はちょうどジャティネガラに到着した。強制的に降ろされている。
ジャティネガラを出発してからも各駅に停車するが、行きと風景が違う。行きの"Ekspres"では中央線を通ったが、この列車は東線を経由するのであった。
スラム街が形成されているところもある。

終点のジャカルタコタには16時35分頃に到着した。コタ駅も8両分のホームはなく、後ろ2両がホームから飛び出していた。

水を買うために、改札内のコンビニに入る。意外なことに、日本でよく見かけるような弁当が売られていた。
2011/4/23:TransJakarta:Koridor 1:Kota→Olimo
コタからトランスジャカルタでオリモまで行き、そこからタクシーでホテルに戻った。
19時頃、夕食を食べるべく、ロカサリ付近を歩いてまわり、現地資本と思われるファーストフード店に入る。


メニューを開き、インドネシア語辞典を見つつ迷い、結局、ライスと"Udang Sambar Goreng"を注文する。"Udang"は海老であり、"Sambar"はサンバル、いわゆる辛いソースである。"Goreng"は炒めるという意味だったはずだから、"Udang Sambar Goreng"とは海老のピリ辛炒めだろうと思って注文したわけである。
しばし待つと、注文した物が来る。"Udang Sambar Goreng"であるが、見た目は想像と同じであったが、実際は海老の「激辛」炒めであった。辛い物は好きなので、最初の数個は美味しく頂いたが、次第に辛さの方が強くなってくる。


オレンジジュースを追加で購入して、舌を癒す。

食事後、想像以上の激辛料理で胃に倦怠感を覚えたので、デザートを物色することはせず、コンビニで水を買い、ホテルに戻る。
映画や本を見て、のんびりと夜を過ごした。
【2011/4インドネシア】(目次)
18,ジャカルタの通勤列車(2):ジャカルタからブカシへ:ブカシエクスプレス(Bekasi Ekspres):2011/4/23【2011/4インドネシア】
19,ジャカルタの通勤列車(3):ブカシからジャカルタへ:Ekonomi AC:2011/4/23【2011/4インドネシア】【←本記事】
20,ジャカルタの通勤列車(4):ジャカルタからボゴールへ:Ekonomi AC:2011/4/24【2011/4インドネシア】