2011年3月26日に退役が予定されていた日本航空のA300-600Rであるが、先日の東日本大震災で陸上交通路に障害が生じている状態で人や物資の輸送を確保するため、4月以降も引き続き運航を続けていた。
日本航空のA300-600Rは、日本エアシステム時代の1991年に導入され、以降2002年まで22機導入されてきたという。日本の航空会社でA300-600R型機を導入したのは日本エアシステム(→日本航空)だけであり、岩手や宮城で生活する人間にとっては、なかなか見かけない存在であった。私自身、羽田-出雲便で2度、秋田-羽田便で1度しか乗っていない。
2011年4月6日水曜日。
4月6日の夜に東京から実家のある盛岡に戻るべく、18時45分羽田発の青森行き日本航空1209便を予約していた。購入したのは3月30日で、PC上ではMD-90による運航と表示されていた。ただ、4月2日に、日本航空から機材変更のために指定していた座席が変更された旨のメールが届いた。もしやと思い調べてみると、やはりA300-600Rであった。状況を考えると不謹慎ではあるのかもしれないが、また乗れると思うと、嬉しい気持ちになった。
2011/4/6:日本航空1209便(JL1209):羽田-青森:A300-600R(JA8563)
17時30分頃、羽田空港第1ターミナル北側の有料ラウンジで出発を待っていると、トーイングカーに牽かれたA300-600R型機が17番搭乗口に入ってきた。レジを見ると、JA8563である。
ご搭乗案内。
18時25分に17番搭乗口に移動。もうゲートの周りにはほとんど人がおらず、そのまま搭乗し、クラスJのシートに座る。定時にスポットを離れる。
機内を見渡すと、特に頭上の表示でレトロな部分が目立つ。導入は1991年だから私が生まれた後であるのだが、時代を感じないわけではない。
安全ビデオが放映される前方のテレビは未だにブラウン管で、写りは良くない。
安全のしおりであるが、A300-600R型のイラストは新塗装には代わっておらず、旧来の太陽のアークのマークであった。先述の通り、本来、A300-600R型機は3月中に退役する予定であったため、準備されていないのだろう。
誘導路で離陸を待っている間に機長からアナウンスがあり、離着陸で混雑しているために若干待つこと、離陸の順番が3番目であることが伝えられる。
19時過ぎに離陸した。
離陸し、ある程度高度が上がった後に、シートベルトサインが消え、飲み物のサービスが始まる。新登場のスカイタイムのシークワーサー味を頼むが、飲みやすい味だった。
この頃、前方のテレビで、共同通信の文字ニュースが放送される。
トイレに行ってみると、今はやりの真空式ではなく、青色の洗浄水が流れるタイプであった。案外、トイレは時代を反映しているところかもしれない。
副操縦士からのアナウンスによると、飛行機は29000フィートで飛行中とのことであった。
前方のテレビを眺めていると、19時48分頃にシートベルトサインが点灯。夜間の着陸に際して、機内の照明が落とされる。この時のムードは悪くない。
青森空港には20時03分に着陸する。5分遅れの20時05分に駐機場に到着した。
満席であったため機内を撮影することはしなかったが、久々にA300-600R型機を満喫できた。
青森空港到着口。
2011/4/6:JRバス東北:青森空港→青森駅
20時15分発の青森駅行きのバスは、日本航空1209便の客が全員出てくるのを待ち、10分遅れの20時25分に青森空港を出発した。
青森駅には、定刻10分遅れの21時に到着した。