岡山から直島を経由して四国の高松に上陸した後、この日は、予讃線で松山まで向かい、松山で一泊する。高松に着いたのは15時半であったが、今回は、JR四国の6000系電車に乗りたいため、18時過ぎまで高松で時間をつぶした。
JR四国6000系は、かつて四国で活躍していた111系電車を置き換えるため、1996年に製造された。外観は、211系、213系、719系など、1980年代から1990年代にかけてまとまった両数が製造された近郊型車両と類似しているが、6000系は3両編成2本の製造にとどまった。かつては岡山まで乗り入れていたようだが、2024年現在は四国内のみでの走行で、運用も少なく、狙わないと乗ることのできない車両となっている。
2025/12/30:JR予讃線:快速サンポート南風リレー:高松→観音寺
高松から、18時13分発の予讃線快速サンポート南風リレー号観音寺行きに乗車する。この列車に6000系が充当されることは、インターネットで「6000系 運用」などと検索して、ある程度見当がついていた。

観音寺行きは、一番前に7000系、その後ろに6000系3両が連結した4両編成での運行であった。

側面。


運転席脇には、「SERIES 6000 JR四国」のロゴがある。


前面の行先表示機。行先表示機はフルカラーLEDとなっている。


側面の行先表示機。

定刻18時13分に高松を出発した。混雑しているわけではないが、帰宅客でほどよく乗車があったので、車内は後程見ることにする。
高松を出ると、端岡、鴨川、坂出の順に止まり、坂出から先は各駅に停車する。列車名に「南風リレー」とある通り、途中の宇多津、丸亀、多度津では、岡山始発の特急南風21号に数分の待ち時間で乗り換えることができる。
多度津には18時47分に到着した。ここで5分停車する。

隣のホームに、特急南風21号高知行きが到着して、先に出発していった。

予讃線の多度津より先は単線である。終点の観音寺の一駅手前の本山では6分停車し、特急しおかぜ28号岡山行きと行き違いをする。この行き違い列車が遅れたため、丸山を5分遅れで出発した。
終点の観音寺には、5分遅れの19時30分に到着した。


先頭は7000系であった。


この後、19時53分に普通松山行きがあるが、ここまで乗ってきた6000系は、その後の20時25分発の伊予西条行きに充当される。引き続き6000系で先に進むことにして、待ち時間で夕食を食べることにした。
地下道を通って改札口へ向かう。

観音寺駅には寿司屋が併設しており、賑わっている。

この日は年末ということもあってか、件の寿司屋以外に、駅前には営業している飲食店は見当たらない。

駅の反対側に、はなまるうどんがあるというので、そちらに行ってみる。寿司屋の脇にある跨線橋で反対側に渡る。

すぐ近くにショッピングセンターがある。

その敷地の一角に、「はなまるうどん×吉野家 マルナカ観音寺駅南店」があった。

はなまるうどんのおすすめメニューである温玉坦々うどんを注文した。780円也。

2025/12/30:JR予讃線:普通:観音寺→伊予西条
観音寺駅を20時25分に出る伊予西条行きは、高松からの快速サンポート南風リレー号の編成がそのまま充当される。7000系を先頭に、6000系が3両連なった編成である。
出発まで30分近くあり、まだ誰もいないので、6000系をゆっくりと見る。


前面の行先表示機。


側面の行先表示機。

車内には転換クロスシートが並んでいる。座り心地は見た通りで、快適である。



座席。


優先席は、枕カバーが白色である。

車端部はボックス席である。


吊り革はドア付近のみに設置されている。


運転台後ろ。

中間車の一方の車端部には乗務員用のスペースがある。乗客が入らないように仕切られてはいるが、開放的なスペースである。


中間車の反対側の車端部にはトイレがある。


トイレは和式である。


6000系の運転台後ろのドアは片開きである。



その他のドアは両開きである。ドア上には、千鳥配置で案内表示器がある。


ドアは半自動式である。


6000系は、1996年に日本車輛で製造された。今年で登場から30年である。

先頭は7000系である。

7000系の車内は、ロングシートとボックスシートを組み合わせた形である。

7000系と6000系の連結部分。

7000系の車内から連結部分を見る。

列車は定刻20時25分に観音寺を出発した。客は少ない。私は最後尾に乗車したが、この車両の客は私のほかに1名だけであった。その1名も、次の豊浜で降りて行った。
豊浜では、早速、観音寺行きと行き違いのため、時刻表上は3分停車することになっている。ただ、観音寺行きの遅延のため、さらに6分ほど停車し、20時39分に出発した。

伊予三島には4分遅れの20時52分に到着した。ここでは、特急いしづち102号高松行きとの行き違いのため、時刻表上は20時58分まで停車する。ただ、特急が5分遅れで伊予三島に到着し、こちらも4分遅れの21時02分に出発した。

伊予土居には21時12分に到着した。時刻表上、21時20分まで停車し、特急しおかぜ25号松山行きに道を譲り、普通高松行きと行き違いをする。

予讃線では前述の通り列車が少しずつ遅延しており、定刻になっても出発しない。高松行きが到着するのを待ち、伊予土居を4分遅れで出発した。


関川を出ると、車掌が、明日の運用に備えてか、私が座っている区画を除いて、座席の向きを転換し始めた。これ以降、客は殆ど乗ってこないのだろう。
新居浜には3分遅れの21時40分に到着した。特急いしづち104号高松行きと行き違いをする。4分遅れの21時48分に出発した。



終点の伊予西条には4分遅れの21時59分に到着した。

2025/12/30:JR予讃線:普通:伊予西条→今治
伊予西条からは、すぐの22時に出発する普通今治行きに乗り換える。7000系2両編成であった。
ワンマン運転で、整理券が発券される。

車内はロングシートとボックスシートを組み合わせた造りとなっている(今治着後に撮影)。車内は空いていた。

2両編成であるが、2両目は電気が消され、乗車できないようになっていた。

終点の今治には22時44分に到着した。この時間帯の今治駅には駅員がいないため、運転手が切符を確認した。


今治駅。

2025/12/30:JR予讃線:特急しおかぜ27号:今治→松山
今治から松山方面への普通列車の最終は21時45分に出発しているため、ここからは特急で向かう。今治から松山までの乗車券は1,080円、自由席特急券は760円であった。

22時58分の特急しおかぜ27号松山行きは、本日の松山行きの最終列車であり、本日今治駅を出発する最終列車でもある。
列車は5分遅れで今治に到着した。8600系による運行であった。この時間帯、自由席は空席の方が多かった。

車内(後程撮影)。


【→8600系の乗車記録はこちら】
次の伊予北条には5分遅れの23時26分に到着した。ここでは、23時27分発の普通松山行きに乗り換えることができる。

終点の松山には、6分遅れの23時40分に到着した。

松山駅は2024年9月に高架駅となった。高架化されてからは初めての訪問である。

改札を出た後、東口方面へは、かつての線路跡に造られた仮設通路を進んでいく。


【2025/12西日本】(目次)
9,直島から高松へ:四国汽船「なおしま」:2025/12/30【2025/12西日本】
10,高松から松山へ:JR予讃線:6000系:2025/12/30【2025/12西日本】【←本記事】
<つづく>