日本の街めぐり 街めぐり 記録 2011/2宮城

5,とよま:みやぎの明治村(2):2011/2/12【2011/2宮城】

投稿日:2019年7月6日

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昼食後も町歩きを続ける。

 

アンティーク資料館

登米には蔵が多い。その中の一つである伊新薬局には、アンティーク資料館が併設されている。

薬局に入り、店のおじいさんに資料館を見たい旨を告げ、入れてもらう。入館料は200円。蔵の中に入ると、所狭しと展示品が並んでいる。おばあさんが後から来て、展示品や登米について説明してくださる。

今は薬局であるこの店だが、昔は、呉服商、油や塩の販売、薬業など様々な商売を営んできたらしい。それぞれの商売で用いた証書や資料、器具、道具、ポスターなどは、その大半を蔵の中にそのまましまっておいたようで、それらを整理して展示したのが、この資料館であるとのことであった。

全体的には薬の説明書やポスターが多いが、展示物は多種多様である。古くは明治期、大正期の資料・ポスターもあるが、驚くほど綺麗に保管されている。蔵の中は湿気がなく、さらに火災などの災害の被害を受けることがないため、このように綺麗に保存されているらしい。中には、日本初のヌード写真のポスターのように、写真でしか見たことのない、その当時が偲ばれるポスターなども現物を展示しており、驚いた。その他、この薬局が製造・販売していた淋病の薬に関する資料、漢方薬の材料、昔の医療器具、ダンボール箱、秤などなど、今まで見たことがないものも多数展示されていた。また、カルピスとかボラギノールなど、今日売られている薬や健康飲料の中には、戦前から延々と売られてきた物もあるということをはじめて知った。

なんとなく立ち寄った資料館であったが、色々と興味深い資料をみることができ、かつ興味深いお話をうかがうことができ、非常に充実した時間であった。

 

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引き続き町歩きをする。

 

警察資料館(旧登米警察署)

警察資料館に向かう。この建物は明治22年に登米警察署として建てられた物で、建築者は登米高等尋常小学校と同じで山添喜三郎氏である。白壁が美しい。登米高等尋常小学校と同様、バルコニーがある。この建物は、県指定の重要文化財である。

中に入ると、旧型ではあるが本物のパトカーと白バイが展示されている。実際に乗ることもでき、「どうぞ乗ってみて下さい」と言われる。

2階には、明治時代、違式詿違條例で定められた犯罪(今で言う軽犯罪に当たる)を絵で表した物が展示されている。明治時代に字が読めない人のために、絵で表したとのこと。真面目な資料であるが、絵がなかなか滑稽で面白い。

その他、警官の制服の変遷など、警察関係の資料が何点か展示されている。また、1階には木造の留置場も再現されており、こちらもなかなか興味深いものであった。

ところで、警察の資料館というのはあまりないような気がする。なにかのイベントの時にこのような展示がなされることはあろうが、常設でこのような展示を見ることができるという点では、なかなかありがたい資料館だと感じる。

 

水沢県庁記念館(旧水沢県庁庁舎)

観光マップに沿って歩き、物産センターの向かい側にある水沢県庁記念館へ行く。

登米に県庁というのは今から考えるとよく分からないが、まず明治4年の7月に登米県ができた。その後、同年8月に廃藩置県が実施され、同年11月に登米に一関県の県庁が置かれることとなる。そして、同年12月に水沢県と改称される。明治の廃藩置県の頃の県の整理統廃合のゴタゴタがまさにあらわれているような感じである。

旧水沢県庁舎は、明治5年6月に開庁した。ただ、登米は北上川の氾濫による洪水が度々起こったことから、水沢県の県庁はたった4年後の明治8年には一関に移されることとなる。そして、後に水沢県は磐井県と改称されるに至った。

県庁の建物は、その後小学校として、旧登米高等尋常小学校が落成するまで使用された。さらにその後、明治21年、石巻治安裁判所登米出張所が登米にできた際、その出張所の建物として使用されるに至った。

説明によると、登米に裁判所を持ってくるのにはかなり苦労したらしい。明治20年の段階で、登米村は石巻治安裁判所の管轄であったわけであるが、石巻から登米までは30km以上あるので、そう簡単に行ける距離ではない。そのため、色々と嘆願をして、旧県庁舎の敷地の献納を約束して、登米に裁判所を引っ張ってきたらしい。当時の嘆願の資料が展示されていた。

石巻治安裁判所登米出張所であるが、これは明治23年に登米区裁判所に改称された。区裁判所は軽微な刑事・民事事件の第1審と、登記事務等を行う裁判所である。裁判官は一人で、色々とこなしていたようである。

当時の法定を再現したスペースもあり、なかなか興味深かった。

 

登米懐古館

最後に、登米懐古館に向かう。物産センター「遠山之里」の裏手の丘の上にある。

登米伊達氏をはじめとして、登米に縁のあるものを整理して展示したのが、この懐古館であるとのこと。私自身としては、このような類は一見するだけで良いという人間なのであまり詳しいことは分からないが、たぶん歴史が好きな人は楽しめるだろうと思う。登米藩と涌谷藩の間の領地争いから始まったとされる伊達騒動についての説明は分かりやすく、面白かった。

 

観光しようと思っていたところを一通り見終え、物産センター「遠山之里」に戻る。何か買っていこうかなと思い、「登米粉めん」という、「登米」と「米粉」をあわせただけの安直だがインパクトのあるネーミングの麺を購入する。期間限定で、2つセットで200円也。

 

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